| REPORT 2002年12月29日 天狼星堂 舞踏公演 「かそけき声のほうに」 中野テルプシコールにて 不器用に存在する二人。男と女。 最初に相手の方へ向いたのは女の方だ。 ずっとうずくまり、もそもそと動くだけの男の方へ近づいていく。 しかし女は男の脇を通り過ぎていく。 男がうめき声をあげる。 こんな踊りからはじまりました。 舞踏はおそらく、バレエなどに比べて動きが著しく少ないジャンルだろうと思います。彫像が動いているというような印象です。 しかも、不自然な姿勢のまま、人間が知性や理性をとっぱらったらこんな感じだろうという、細かく病的な動きが延々と続きます。 表現している内容が西洋の踊りとは違い、不器用さ、みっともなさ、はずかしさ、困惑、といったものが主体になっているように感じます。躍動的なハレの自分とは正反対のものです。 あるいは、意識と無意識のはざまにある精神的なニュアンスをあえて形にしたような踊りです。 このような不自然な姿勢と動きを長時間続ける踊り手は大変だろうと思いますが、これは、様々な原因で、程度の差こそあれ、おかしな部分をかかえている我々の姿、あるいは、よくないと分かっていても不自然な行動をとり続けてしまう人間の姿にも見えます。 そのような踊りのスタイルのため、演出的に、西洋の音楽がかかると、とたんにつくりものめいて見えてしまう瞬間もありました。 人間の人間らしさや個性が、理性や知性、個々人の意識がつくりあげているのだとすれば、前半の踊りは人間らしさからやや離れた根源的生物的なものでしたが、最後の黒いコート姿の踊りは人間として見えました。 地響きのなか 黒いコートに身を包んだ男二人が立ち、まん中に女が一人、祈りをささげているように、死んでいるように伏している。 地響きは延々と続く。 女がたちあがり、黒い三人がゆっくりとゆっくりと近づいてくる‥‥。 人間であり、もっと超然とした存在です。 この寡黙で超越的な空間のほうが、自分の意識と重ねてイメージをふくらませることもでき、しっくりきました。 出演者HP |
追加情報 2003年2月10日(月)pm7:30/2月11日(火・祝)pm5:30 麻布die pratzeにて次回公演。 |
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